海のキリン

「ほらあそこ、たくさんキリンが居るよ」

 


別に、キリンを見に来たわけではなかった

 


ドライブの途中で神戸の海沿いに車を停めて、すぐそばでもなくはるか遠いわけでもない対岸を指差しながら父が言った

 


わたしは小学生だったが、何年生だったのかは覚えていない

7つ離れた弟は生まれていたかしら?

 


その日は休日だったが、父が海沿いに車を停めたのは、そこまで車を走らせることが目的だったのか、それともどこか別の場所で楽しんだ帰り道だったのか

 


くわしいことは思い出せないが、その日は決して、キリンを見に行ったわけではなかったのだ

 


しかし父にそう言われたわたしは、必死にキリンを探した

対岸には、キリンを運ぶのに手頃そうな貨物船やコンテナがたくさん積み上げられている

 


結局キリンは見つけられなかった

わたしはガッカリした

こんなに年月が流れても未だに覚えているのだから、そのときは本当にガッカリしたのだと思う

 


しかしかなりあとになってから、それこそ高校生になってようやく、父が言っていた「キリン」は、貿易船からコンテナを吊り下ろすためのクレーンのことだったのだと気がついた

 


なんだ、キリンはたくさん居たじゃないか

父はこの出来事を覚えているだろうか

 


将来自分の子供にも同じことを言うのだろうな、と思う

そして父と同じように、答えは教えてあげないのだろうな、と思う